企業が長年にわたり積み上げてきた内部留保や現預金は、財務の安定を支える一方で、資本効率を低下させる要因にもなり得ます。過剰な現金保有が続くと、資本を十分に活かせていないとの見方から、「キャッシュホーディング問題」として注目されるようになりました。金融庁はコーポレートガバナンス・コードの改訂を進めており、上場企業は内部留保である現預金について、その保有理由と活用方針を説明することを求められる方向です。この動きは、資本効率の概念が非上場企業にも波及していくことを示しています。企業価値は、将来生み出す利益を現在価値に換算して評価されます。現金は事業に直接関与しないため、保有しているだけでは利益を生みません。重要なのは、資金をどのように配分し、どのように企業成長へと結びつけていくかという視点です。近年、機関投資家などの専門家が注目しているのが、「キャッシュアロケーション(資金配分)」の方針です。単にROE(自己資本利益率)の数値目標を掲げるだけでは不十分であり、資金をどの領域に、どの時間軸で投じていくかという道筋を示すことが、持続的な企業価値向上につながるとされています。内部留保をどう活かすかは、経営判断の中核です。過剰な安全志向で資金を抱え込むよりも、戦略的な投資や株主への適切な還元を通じて資本を循環させることが重要です。たとえば、新規事業や人材育成への投資は将来の収益力を高め、適度な配当や設備投資は企業の信頼を強化します。内部留保を単なる「備え」としてではなく、企業価値を高めるための「経営資源」として位置づけ、資金の流れを設計することが求められます。グループ経営の視点では、資金をどのように循環させるかが企業価値を左右します。複数の事業会社を抱える場合、持株会社を中心に資金を集中・再配分できる体制を整え、グループ全体でキャッシュアロケーションを管理することが有効です。資金を必要とする部門に的確に投下できれば、全体の資本効率が高まり、経営の一体性も強化されます。資金移動の透明性を確保しつつ、企業グループ全体で資金を“働かせる”仕組みを構築することが重要です。ガバナンス改革の流れは、上場・非上場を問わず「資本を眠らせない経営」への転換を促しています。経営者が「なぜこの現金を保有しているのか」「どのように使うのか」を説明できることが、これからの信頼される経営の条件です。キャッシュホーディング問題とは、単に現金の量を問うものではなく、資本の使い方そのものを問うものです。明確なキャッシュアロケーションの方針を掲げ、資金を戦略的に動かすことが、企業の持続的成長と株主価値の最大化につながります。